名所めぐり

境木地蔵堂近辺

2012年3月15日

権太坂は急坂で、昔は箱根より東では最大の難所でした。それを登り切った所にあるのが境木で、相模の国と武蔵の国の国境線が通っていて、国境の「榜示(杭のこと)」が建てられていたために、この地名が付けられたそうです。(江戸名所図絵)また、ここに大けやきがあるから(『保土ヶ谷ものがたり』)ともいわれています。

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東海道五十三次の保土ヶ谷宿の西のはずれがこの境木で、東が宮田町の追分、その間45町50問(36町が1里)と言われました。浮世絵に描かれたポイントとしてはここと帷子橋が双璧で、円海山方面や富士丹沢方面の山なみを展望しながら、旅人たちは立場茶屋で名物のぼたん餅を食べたものだと言われています。

ここから戸塚の方へ下る坂は焼餅坂、平戸の方へ下ると剣術(直心影流)指南の萩原代官の屋敷跡があり、後に新選組の隊長となった近藤勇が他流試合に萩原道場にやって来た時の勇の直筆が残されているそうです。

宅地造成が進んでいるとは言うものの、このあたりはまだまだ緑が多く、近辺をそぞろ歩くと150年昔の江戸時代にタイムスリップしたような錯覚に襲われる一画と言えましょう。

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