名所めぐり

「郷土愛の碑」と「清墨庵先生の墓」-岩間町・香象院

2012年4月9日

29-1天王町から東海道を下ると右手、門前に大きな黒いお釜のある寺・香象院には1938(昭和13)年区制10年を記念して編集・発行された『保土ヶ谷区郷土史』の編者・磯貝正の顕彰碑があります。門を入って正面鉄筋の本堂の左に、考古学者・郷土史家として数々の著書が残る、元武相学園長・石野瑛氏の撰、書で昭和37(1962)年に建てられたもの。磯貝正は、東大史学科卒、市の史学調査官として前掲書に心血を注ぎ上下二巻の刊行された同年6月、32歳で没。同書は、1997年12月区制70周年を期して発行された『保土ヶ谷区史』が発行されるまでは、唯一の『区史』として郷土史を研究する人たちに多大な影響を与え貢献した書物でした。そのことを石野氏は哀惜を込めて書いています。

同寺には、幕末の保土ヶ谷宿で寺子屋の師匠として、また歌人・俳人として、大きな足跡を残した安達月讖(げっしん)-俳人応小・寺子屋師匠・清墨庵先生(別称米屋の先生)-の墓碑「清墨庵先生の墓」があります。月讖は安政5(1858)年79歳で亡くなりましたが、10年近く経った慶応2(1866)年に門弟たちが建立した堂々としたもので、「筆小塚」としても立派なものです。大仙寺にある幸田南枝のものとともに江戸時代の保土ヶ谷で、初等教育が立派に行われていたことの傍証と言えるでしょう。

山門を入り左側には地蔵堂があり、花や線香の香りが絶えません。天正11(1583)年に中興されたと言うだけに、保土ヶ谷宿を支えた人たちの墓地がいくつもあります。

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