名所めぐり

和田村道橋改修碑(和田新道開さく碑)

2012年4月4日

24-1国道16号の保土ヶ谷中学入口、歩道橋の下に市教育委員会の説明板「和田村道橋(みちはし)改修碑」があり、表面が磨滅して判読の難しい石碑があります。何人かの専門家が解読に務めた結果、旧「八王子みち」の由来をしるした一級の史料であることがわかりました。

近世の八王子道は、芝生村の追分で東海道と分かれ、宮田町の延命地蔵の下から天王北公園の下を回り込んで、サテ-横のパチンコ店の前から峰岡へ進み、峰小学校の前を通り山沿いに屈折しながら和田町まで進み、さらに上星川の杉山神社の裏手から正観寺、妙福寺と進み、西谷商店街の裏手から白根に進む道筋でした。

この改修碑は、それ以前の八王子みちについて記し、どんな事情で改修したのかを物語っています。それによると、以前の八王子往還は和田村の山中を通っていたが、非常に難路で人も馬もけがが多く死者さえ出るので江戸の人、桜井茂左ヱ門・市右ヱ門の両名が原資を提供して呼びかけたところ、地元の石井・小金井両氏はじめ多くの人の協力があって、元文2(1737)年に完成したと記されています。

道筋は「和田山の腰を開き道筋に石橋三箇所を懸け…平易の道と成る」とありますから、以前は現在の峰坂を上がり、山中の道を上星川へ下りて来たのが、帷子川沿いの低地を進むようにしたとの意味だと思われます。

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